盛岡地方裁判所 昭和44年(ワ)150号 判決 1970年5月08日
原告
高橋キエ子
ほか四名
被告
北開建設株式会社
ほか一名
主文
原告等の請求を棄却する。
訴訟費用は原告等の負担とする。
事実
第一、申立
一、原告
被告等は各自原告高橋キエ子に対し金二八六万二六一六円、その余の原告等に対し各金一二〇万六三〇八円及びこれに対する昭和四三年二月四日から完済まで各年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告等の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求める。
二、被告
主文同旨の判決を求める。
第二、請求の原因
一、被告有江博之は、昭和四三年二月四日午前零時三〇分頃、被告会社所有の大型貨物自動車(室一ゆ二五四五号)を運転して、埼玉県越谷市大字蒲生二九三三番地先国道四号線を東京方面から春日部方面に進行中、道路左側から横断中の高橋留八(原告キエ子の夫、他の原告等の父)に衝突し、留八を即死させた。
二、被告有江は、前方不注視のため被害者の発見がおくれ、急制動をしても及ばなかつたもので、過失がある。
被告会社は当時本件自動車を所有し、その運行供用者であつた。
三、損害
1 留八の得べかりし利益 六六三万七八四八円
同人の家業は農業であるが、農繁期に自家で農業に従事し、その他の一年の大半は出稼ぎをして自宅に送金していた。
(一) 一年間の純収入 三九万五〇一六円
昭和四二年中の収入は次のとおりである(昭和四二年二月一日か昭和四二年中の収入は次のとおりである(昭和四二年二月一日から同四三年一月三一日まで)。
<省略>
右のうち、2、4、8は、他から人夫を雇えば一日一二〇〇円を支払うのが相場なので、これによつて計算した。
留八は原告キエ子と共に、
松尾村野駄第一〇地割一〇一番田一反二畝
同所第一〇地割一〇三番田一反二畝
同所第六地割七〇番の二田一反五畝
同所第二〇地割五〇番田一反六畝
合計五反五畝の田を耕作していた。右耕作により昭和四二年度には自家消費分一二俵の外六〇キログラム入り袋で二五袋を政府に売り渡した。この収穫から経費を差し引いて留八の寄与率を考慮すれば、留八の農業による収入は前表2、4、8の合計五万二八〇〇円を下らない。
月当り生活費は一万三七五一円である。これは、昭和四二年総理府統計局家計調査年報一六二頁の「一世帯当り年平均一ケ月間の収入支出」の昭和四二年の項平均消費支出五万七〇七一円を平均世帯人員数四・一五人で除した数字である。留八の収入、日常の生活水準からみて右数字をこえることはない。
よつて年間の純収入は次の計算による。
(46,669-13,751)×12=395,016
(二) 留八は普通の健康な男子で、死亡当時三六才であつたから、その後の就労可能年数は二七年と考えられる。その間の前記年間純収入をホフマン式計算法により現価になおすと六六三万七八四八円となる。 395,016×16,804=6,637,848
(三) 原告等の相続
原告キエ子は三分の一、二二一万二六一六円
他の原告等は各六分の一、一一〇万六六四六円
2 原告等の精神的損害
原告キエ子は、出稼ぎ先で突然夫に死なれ、幼い子供四人をかかえ、生活を維持するに足らない零細な農家になつてしまつた。その精神的苦痛は大きく、慰藉料は一五〇万円を相当とする。
他の原告等は就学前又は義務教育の中途で突然父を失つたもので、進学又は就職に多大の不利益を受けた。慰藉料は各自六〇万円を相当とする。
3 弁護士費用
原告キエ子は、本件訴訟について弁護士費用一五万円の支払を原告代理人と契約した。
4 既に支払を受けた分
原告等は自動車損害賠償責任保険金二七〇万円及び被告等から三〇万円の支払を受けたので、相続分に従い、原告キエ子に一〇〇万円、他の原告等に各五〇万円の割合で充当した(前記1の損害について債権者たる原告等が弁済充当の意思表示をした)。
四、原告等の請求額は次のとおり。
原告キエ子は、二二一万二六一六円、一五〇万円、一五万円の合計から一〇〇万円を控除した二八六万二六一六円。
他の原告等は、一一〇万六三〇八円、六〇万円の合計から五〇万円を控除した一二〇万六三〇八円。
第三、答弁
一、請求原因の認否
第一項の事実は認める。
第二項中、被告有江の過失は否認する。被告会社が運行供用者であることは認める。
第三項は、原告等が三〇〇万円受領したことを認め、他はすべて争う。
二、自賠法三条但書による免責の主張
1 本件事故現場は、ほぼ南北に走る国道四号線(通称日光街道)の越ケ谷市地内南寄りの地点であり、車道の幅員は約一〇米、中央線により上下二車線に区分され、両側にはガードレールが設置されている。被告有江は被告車を運転し、下り車線を草加市方面から越ケ谷市市街地方面に向つて時速約五〇粁(制限時速五〇粁)で北進して事故現場に差しかかつた。当時の天候は晴で、路面は乾燥していた。ところが、事故地点の少し手前で対向するトラックとすれちがつた直後、被告有江は、前方左側のガードレールの切れ目から出て車道を左から右へ横断しようとしている亡高橋留八を発見、直ちに急ブレーキをかけたが間に合わず、被告車の左前部ライト付近を同人に衝突させてしまつた。
被告有江の側からすると、同所はガードレールによつて歩車道に区分されており、しかも市街地でなく、かつ深夜であつて殆んど付近に人影をみない状況であつたから、自車の進行する車道を人が歩行し又は歩行しようとしていることを予想することが困難であつた上、高橋留八が急に自車の直前を、おそらく制動距離以内の至近距離で横断しようとしたため、急ブレーキをかけるも間に合わなかつたもので、被告有江にとつて本件事故は不可抗力である。また、同被告が留八をいち早く、たとえばガードレールを出ないうちに発見しなかつたとの点は、法令で定められた被告車のライトの照灯距離及び許された走行速度との関係で、夜間においては到底不可能なことを強いるものというべく、かつ、仮に事前に発見しえたものとしても、幼児でもない留八が突如本件のような無謀な行為に出ることを予め予測し、これに対する回避措置をとることは義務付けられていないのであつて、いずれの点からいつても被告有江には過失はないというべきである。
2 一方、高橋留八は、飲酒酩酊の上故なく路上を徘徊し、たとえ深夜であつても自動車の流れがとだえることのない前記国道(同国道は関東地方において交通量と事故発生の多いことで著名である)を、左右の安全確認を怠り、被告車の直前で横断しようとしたもので、いわば自殺行為に近い無謀な行動と評すべく、本件事故発生の責任はすべて同人にある。当時は夜であつて、走行する自動車はすべて前照灯を点灯して走行しているのであるから、歩行者からすればその光によつて接近する自動車の有無、遠近及び速度等を容易に判断しえたはずであり、留八においても極めてわずかな注意を払うことにより本件災難にあわずにすんだことが明らかである。
3 本件事故は被告会社の運行供用上の過失によるものでなく、かつ被告車の構造上の欠陥ないし機能の障害に起因しているものでもないことも明らかである。
4 以上のように、本件事故は専ら高橋留八の過失によるものであるから、被告等に責任はない。
三、過失相殺
仮に被告有江に若干の過失があるとしても、高橋留八に前記のように重大な過失があるから、損害額を定めるについて過失相殺すべきである。
第四、被告等の主張に対する原告等の答弁
被告有江は、事故直前対向車の前照灯に眩惑されたため高橋留八を発見するのがおくれたのであり、現場付近は夜間でもよく横断歩行者のあることを予想していたから、注意すれば事故現場の相当手前から留八の横断を発見しえたはずである。また、被告有江は眼鏡使用を条件に運転免許を得ているので、夜間は疲労などにより視力が低下し易いことを考えて、速度の調節、対向車あるときの速行方法、眩惑されたときの減速等に意を用いるべきであつた。更に、同被告は、留八を発見したとき一瞬ブレーキをかけることをためらつている(乙一四号証)。以上の点において同被告には過失がある。
理由
請求原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によると、本件事故の状況は次のように認められる。
本件事故現場付近の道路(国道四号線)は南北に走る直線で平坦なアスフアルト舗装道路で、車道の幅員は一一・二米、ガードレールによつて歩道車道の区別がなされ、歩道の幅員は二・七米であり、事故現場の西側においてガードレールは約五米切れている。当時降雨なく、路面は乾燥していた。現場付近は制限速度五〇粁である。なお、現場は横断歩道でもなく交差点でもなく、また信号もない。
被告有江は、被告車を運転して時速約四五粁で国道四号線(左側を中央線に寄つて)を北上して現場付近にさしかかつたが、対向車の前照灯に眼がくらんで一瞬視界を失つた(この点について、被告有江の本人尋問における供述は乙四、五号証に照らして信用できない)。この時、被告有江はとび出す人もあるまいと思つて別段減速の措置をとらなかつた。同人が眩惑から逃れたとき、被告車の左前方約八米の所(西側(左側)ガードレールから道路中央へ一・六米の位置)に高橋留八が左から右へ横断中であるのを発見、あわてて急ブレーキをかけたが間にあわず、被告車の前バンバー中央付近で留八に衝突した。衝突した地点は西側ガードレールより道路中央へ四・二米の所であつた。
他方、高橋留八は、事故前、現場付近の飲食店で相当量飲酒し、ひどく酩酊したため近くのどぶに落ちたほどであつた。そして、留八は国道四号線の西側の歩道を歩いて、ガードレールの切れ目(越ケ谷市大字蒲生二九三三番地金子金物店前)から車道に出た。この場合の留八の歩行の速度を検討するに、乙二号証によると、被告有江が留八を発見したときの留八の位置はガードレールの線から一・六米(イ点)、被告車(1点)(これは被告車の先端と思われる)から左前方七・七米であり、衝突地点はイ点から二・六米、1点から七米であるから、時速四五粁の被告車が急ブレーキをかけながら七米進むうちに留八は二・六米進んだことになる。右の距離関係は被告有江の指示によるものであり、右指示は同人の運転走行中の認識にもとづくものであるから、厳密に正確ではないと思われるが、大体の距離関係は乙二号証により把握することができる。通常の歩行速度を時速四粁とみた場合は秒速一・一米であり、時速四五粁の場合の秒速は一二・五米である。被告車の前記1点から衝突地点までの七米の走行は、その間に急ブレーキをかけているから、時速四五粁のままではなく、速度は急速に低下しているはずである。以上の諸点から推測して、留八は普通の歩行の二倍位の速さで横断歩行したものと考えられる。そうすると、留八がガードレールの線からイ点に達するまでの時間は約三分の二秒と考えられる。一二・五米の三分の二は八・三米であるから、留八がガードレールの線から車道に出た時、被告車は1点より八・三米手前にあつたと推認される。以上の認定によれば、留八は時速四五粁の被告車が一五・六米に接近していたとき、普通の歩行の二倍位の速度で車道に出て横断を始めたものと認められる。
以上のように認められる。乙一四号証には、被告有江が留八を発見したとき、一瞬、ブレーキをふむかハンドルを切るか迷つた旨の記載があるが、これは、乙五号証に照らし、かつ、自動車運転者は危険を認めた場合とつさに反射的に急ブレーキをかけることが通常であることにかんがみ、信用できない。
被告有江は事故直前対向車の前照灯に眩惑されたこと前認定のとおりであり、この眩惑によつて留八の発見がおくれたものであるが、本件の場合、右の眩惑がなかつたとしても本件事故は避けられなかつたものと認められる。すなわち、留八がガードレールの線から車道に出たとき、被告車は一五・六米に接近していたこと前認定のとおりであり、乙二号証によれば、被告車の車輪のスリップ痕は右一〇・二米、左一二・九米であり、衝突地点から停車位置の被告車の先端までは一五・八米であることが認められる。スリップの前に若干の空走距離を考えなければならないから、被告車がすでに一五・六米に接近していた以上、留八が横断進行をやめないかぎり、被告有江が急ブレーキをかけても、本件事故は不可避であつたといわねばならない。したがつて、被告有江が眩惑のため留八の発見がおくれたことは本件事故と因果関係がないというべきである。
被告有江は、前認定のように、対向車の前照灯に眩惑されたとき、飛び出す者はあるまいと思つて減速の措置をとつていないけれども、乙二号証によれば、本件事故現場は二粁以上に及ぶ直線コースの中程であることが認められ、被告有江本人尋問の結果によれば、被告車の前方約一〇〇米の間には先行車がなかつたことが認められるから、被告有江は前方一〇〇米以内に危険のないことを認識して運転していたものと考えられる。しかも、時刻は午前零時三〇分頃である。かかる場合に、運転者は自車の前方に突然飛び出す者はないと考えて運転するのが当然であり、そのような者があるかも知れないことまで注意すべき義務はないと解すべきであるから、被告有江が対向車の前照灯に眩惑されたときに減速の措置をとらなかつたことは、何ら同人の過失ではない。また、乙五号証によれば、被告有江は他人から本件事故現場付近は夜間よつぱらいがよく横断するので危険である旨聞いていたことが認められるけれども、そうだからといつて、具体的に危険がない以上(前記のように、前方一〇〇米以内に危険はなかつた)、制限速度内で走行してよいのであるから、この点からいつても、被告有江には過失はない。
以上のように、被告有江には本件事故につき過失はないものと認められる。本件事故は、時速四五粁で走行する被告車が一五・六米の至近距離に接近している時、ひどく酩酊して注意力が著しく減退している留八が、何ら安全確認をせず、普通の歩行の二倍位の速さで、被告車の直前で無謀に横断を始めたことに専ら基因するものである。乙一三号証によれば、事故当時被告車のブレーキに異常のなかつたことが認められ、その他の被告車の構造又は機能は本件事故と無関係であり、また、被告会社の過失の有無も本件事故と関係がない。したがつて、被告等には本件事故につき責任はない。
よつて、本訴請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する
(裁判官 石川良雄)